「いい加減なルールのスポーツ」を通して学び、いま子どもたちに想うこと

サンビスカス沖縄/サッカースクール/運動あそび/障がい者スポーツ指導員

谷本 優希

 

いい加減なルールのスポーツ・・??

スポーツはルールがいい加減ではダメでしょう😤

そこはきっちりしてもらわんといかんですわ。

そうですそうです、その通りです。

競技スポーツ(サッカーやバスケ、陸上など)もパラスポーツ(障がい者スポーツ)も、ルールがきっちりと決められていて、そのルールの中で、ルールに則って、勝ち負けを競うものですよね。

 

では・・・・・

アダプテッド・スポーツはどうでしょうか?

なになに?アダプテッド??

ヒー😱やめてー😱

知らない横文字出てきたー😱ヒー💦

 

安心してください、簡単です。

 

このアダプテッッド・スポーツこそが

『いい加減なルールのスポーツ』なのです。

 

『いい加減』というのは『良い加減』のことです。

いい湯加減ですわ~♨️的な、そっちのいい加減です。

 

もう少し詳しく解説すると。

アダプト(adapt)というのは適応・適合のこと。

つまりアダプテッド・スポーツとは。

一人ひとりの発達状況や身体の状況に「適応(adapt)させた」スポーツのこと。

 

通常、競技スポーツでは

勝ち負けを競うことがメインなので。

男子と女子で分けられているし

年齢によってカテゴリーも別。

健常者と障がい者は

オリンピック・パラリンピック

のように別々に行われています。

 

一方で、アダプテッド・スポーツというのは。

勝ち負けではなく、楽しむことがメインです。

みんなで一緒に、楽しくスポーツしよう!

 

そのためには、一人ひとりに合わせて

ルールや道具を工夫しよう!

という考え方をするのがアダプテッド・スポーツです。

 

ルール(に)合わせるのではなく。

誰が行うのかによって

ルール(を)合わせるということです。

 

それでなぜ、いい加減。

いや、良い加減なルールという風に

書いたかと言うと。

「みんなで一緒に楽しむ」ということは

つまり『全員にとって平等なルール』

であることがポイントになるのですが

これがなかなかに難しくて

どちらかが有利になるような

どちらかを庇うような

設定では意味がなく

ハンデのある部分とない部分の

ちょうどいい加減のところにルールを

設定しないといけないということなのです。

 

で。突然アダプテット・スポーツの説明をしだして一体何の話?状態だと思うのですが・・

わたしは大学生のときに

このアダプテッド・スポーツを

専門に研究しておりまして

普段サンビスカスのコーチをするとき

このアダプテッド・スポーツと同じく

「みんなで一緒に楽しく」

「一人ひとりに合わせて」

という考え方を常に念頭に置いて

スクールを行っているのですが。

 

そういえば、

こういう話はしたことなかったな~と。

わたしの担当しているなでしこスクールは、小学1年生~中学3年生まで一緒に練習しています。

(なでしこスクール以外は、幼児クラス、低学年、高学年と分かれていますね)

小学1年生と中学3年生では、大きな差です。

 

アダプテッド・スポーツでいうところの

ハンデの開きが大きいのです。

一つひとつのメニューを行う時

このハンデを埋めつつもお互いが

100%全力を出して楽しめるルールの

工夫が必要なのです。

 

で。その良い加減のルールを設定するときに気をつけていること。

 

それは、

できないことを考えるのではなく、

どうすればできるのかを考える。

ということです。

 

「できないこと」をハンデとして

ルールを工夫した場合。

それはできる人がただ「手を抜く」

ということになるのです。

 

「手を抜く」と言うと聞こえが悪く

「手加減」というとちょっと良いこと

のように思えてしまいますが・・・

わたしは大学で研究していたときに聞いた、ある言葉に衝撃を受けました。

 

あまりの衝撃に、それを聞いたときは

時が止まったかのように。

しばらく空を仰ぐことになりました。

 

それは、障がいのある人とない人で

一緒にサッカーを楽しもう!

というイベントにボランティアで参加し

障がいのある人にインタビューを

したときのことです。

 

「障がいのある人とない人が一緒に楽しむために大事なことってなんだと思いますか?』

 

すると、「健常者が我々に対して手を抜くことなく、全力でやること!」と言われたのです。

 

“手を抜かないで

 手加減なんてしないでほしい”と。

わたしは心がザワザワしました。

 

一緒に楽しむために、

健常者はある程度の手加減を

するべきだと思っていたからです。

 

どの程度、本気でやって、

どの程度の手加減が必要なんだろう。

と悩んでいたからです。

そこに突き刺さってきた言葉。

 

“手加減をされると、人として、ひとりの選手として認められていないように感じる。”

”ちゃんと一人の選手として、全力で向き合ってほしいんだ”

 

わたしは障がいのある人の

「できないこと」にばかりに

目がいっていたんだな。

と反省しました。

 

「できること」を全力でプレーしている人たちに、なんて失礼なことを・・・

一人ひとりの、「できること」

に注目して、どんなルールにしたら

それを生かせるのか?

 

どうすれば健常者が全力で立ち向かわないと敵わないようなルールになるのか?

 

お互いが全力を出し合って

心から楽しいと思えるような

ルールにするには、どこを工夫するか?

ということを考えるようになりました。

 

「手を抜かない」というのは。

例えば、脳性麻痺で思うように素早く

カラダを動かすことができない人に

手加減無しにスピード勝負を

仕掛けることではありません。

 

バランスをうまくとることのできない人に

加減をせずにショルダーアタックで

ボールを奪いにいくということではありません。

 

そうではなくて。

そういう場面で、その人に対して

どんな勝負の仕方をするのか?

どんなルールを設定するのか?

というのを考える。

手を抜かず、本気で考える。

それが、「一人の選手として向き合う」

ということだとわたしは思っています。

 

さて、つい熱くなり、スクールの話から逸れてしまいましたが・・・

これはサッカースクールでも同じです。

 

障がいがある、ないの話ではなく、

小学1年生~中学3年生まで

一緒にやる中でどうしても出てくる

ハンデの部分。

そこを、安易に手加減することで

埋めるのではなく。

 

お互いが全力を出して勝負をし

楽しむことができるようなメニューを

本気で考える、という点において

同じなのです。

 

そしてこれは。

コーチだけが意識することではなく

子どもたちにも一緒に考えてほしい。

「差があることはしょうがないよ。」

「手加減するから大丈夫。」

と、そんな風に子どもたちに

思ってほしくないのです。

 

目の前の相手とどう勝負をするのか?

手を抜かず、本気で考えられるような

子どもたちであってほしいのです。

 

人のできないことに目をつけて

上からモノを言うような子ではなく

どうすればできるか

本気で一緒に考えて

協力できる子どもたちであってほしいのです。

 

困っている人のことを

全部やってあげるのではなく

どこまで助けるのが

相手のためになるのかを

考えられる子どもたちであってほしいのです。

 

『良い加減』を生み出せる

そんな子どもたちに

なってほしいと思います。

 

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